代表取締役 降籏達生

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生年月日:1961年2月23日
出身地:兵庫県神戸市
最終学歴:大阪大学工学部土木工学科
【略歴】
1983年4月  株式会社熊谷組入社
1995年3月  同社を退社
1998年11月 ハタコンサルタント個人創業
2000年9月  ハタコンサルタント株式会社設立
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ハタ コンサルタント株式会社代表取締役/建設技術コンサルタント
1961年、兵庫県神戸市生まれ。小学生の時に映画「黒部の太陽」を観て、困難に負けずにトンネルを掘り進む男たちの姿に憧れる。83年に大阪大学工学部土木工学科を卒業後、熊谷組に入社。ダム工事、トンネル工事、橋梁工事など大型工事に参画。阪神淡路大震災にて故郷兵庫県神戸市の惨状を目の当たりにして開眼。建設コンサルタント業を始める。建設技術者研修5万人、現場指導2000件を超える。東京オリンピック施設、マンション傾斜問題等にて、建設の専門家としてテレビ、ラジオ、新聞取材多数。国土交通省「地域建設産業生産性向上ベストプラクティス等研究会」、「キャリアパスモデル見える化検討会」、「建設業イメージアップ戦略実践プロジェクトチーム」の委員を歴任。現在、『あなたの居場所はここにある』をモットーに、落ちこぼれ、引きこもり、ヤンチャ少年を一流の建設職人に育成する活動をしている。「がんばれ建設~建設業業績アップの秘訣~」は読者数15,000人、日本一の建設業向けメールマガジンとなっている。

著書に「受注に成功する!土木・建築の技術提案」(オーム社)、「施工で勝つ方法~現場代理人養成講座~」、「今すぐできる建設業の原価低減」(いずれも日経BP社)、「技術者の品格其の一、其の二」(ハタ教育出版)など。
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信念

「不惜身命」の心構えで生きていることです。
明日があるとは思わない。今日でこの世が終わりになるかもしれないという気持ちで、目の前の人に、全力投球することが私の信念です。

抱負

私が子供のころには、小学生の将来のなりたい仕事のベストテンに、プロ野球選手やパイロットに混じって「エンジニア」が入っていました。しかし、今の子供たちは「エンジニア」はなりたい仕事と感じられないようです。
私は、技術立国しか日本の生きる道はないと思います。そのためには、技術者が誇りを持って、力強く生きることのできる社会をつくらないといけません。
私の夢は、子供がなりたい仕事ベストテンに「エンジニア」を入れることです。

専門分野

建設業、経営改革
原価管理支援コンサルティング
ISO14000s・9000s認証取得支援(コンサルティング、研修講師)
建設関連設計
施工コンサルティング(土質及び基礎、土木工事の施工計画等)

主な仕事内容

総合評価方式 技術提案書添削
建設関連設計
施工コンサルティング(土質及び基礎、土木工事の施工計画等)
建設関連業
経営支援(コンサルティング、研修講師)
ISO14000s・9000s認証取得支援(コンサルティング、研修講師)
コンストラクション・マネジメント
独立開業支援(開業ノウハウ 業務斡旋)
人材活用支援
「技術士」「RCCM」「労働安全コンサルタント」受験講座運営・指導

資格

技術士(総合技術監理・建設部門)科学技術庁登録 NO.29172
APECエンジニア(CIVIL、STRUCTURE)
JRCA ISO9000 品質マネジメントシステム主任審査員 A5280
CEAR ISO14000 環境マネジメントシステム審査員 A3493
労働安全コンサルタント(厚生労働省登録)
第二種情報処理技術者
NPO法人 建設経営者倶楽部 KKC理事長
ISO推進フォーラム 会長
名古屋商工会議所/愛知県商工会連合会 エキスパート
社団法人土木学会 フェロー会員
AKK社団法人愛知県経営科学協会 理事
ひと倶楽部 代表幹事

コンサルタントになるきっかけ

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きっかけは「黒部の太陽」
中学のころ、「黒部の太陽」という映画を見ました。黒四ダム建設のためのトンネルを掘ることを描いた映画です。日本の発展のために、苦労に苦労を重ねてトンネルを掘りあげる姿を見て、「これこそが男の仕事だ」と思ったことを覚えています。
学校では、土木を専攻し、「黒部の太陽」のモデルになった株式会社熊谷組に入社しました。熊谷組では、トンネル工事、ダム工事、橋梁工事の施工、設計に携わりました。早朝から深夜まで、現場に張り付く毎日でしたが、目の前の巨大な建設物ができあがっていく喜びを感じながら充実した日々を送っていました。
阪神大震災が転機
1995年1月、現場の宿舎で寝ていると強烈な揺れに襲われました。テレビをつけると街が燃えていました。阪神大震災でした。両親は阪神間に住んでいましたので、急いで現地に向かいました。両親はかろうじて一命を取り留めましたが、周囲の状況は、私が幼い頃にすごした面影はありません。
高速道路は倒れ、ビルは折れ、住宅は倒壊していました。
「自分がこれまで自信を持って造ってきた建設物は、こんなにもろいものだったのか」
そして決意しました。
「自分の力で、建設業を立て直そう」
1995年3月、株式会社熊谷組に退職願を出し、建設業を支援する仕事を始めることにしました。
意気込みは人一倍でしたが、これまで建設現場しか知らない男に、事業をすることなどできるはずもありません。しかし、「とにかく動くことからはじめよう」と思い、かばんに資料を詰め込み、来る日も来る日も建設会社を訪問しました。
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一件の社長の依頼がコンサルタントの喜びへ
ある日、ある建設会社の社長から次のように言われました。
「工事原価を低減させたい。その方法を教えてもらえないだろうか」
私は、この会社の社員さんと共に、実行予算書を作り、協力業者と値引きの交渉をし、現場の整理整頓をし、仮設図面を書き、請求書のチェックをしました。その結果、当初に見込んでいた工事費用を10%も低減することができたのです。とても感謝されました。
その後、社員研修、協力会での講演、中期経営計画の作成などを行いました。また、ISO9001やISO14001を取得したいということで、そのお手伝いもしました。夜は、お酒を飲みながら、社長の経営相談に耳を傾けました。
「コンサルティングという方法で、企業の発展とそこで働く社員さんの物心両面の幸せを目指そう」
脱サラして5年目に、私がたどり着いた結論でした。